旅の報告19
冬のパタゴニア・カラファテ皆既日食01
日食編
2010年7月。冬のパタゴニアでの皆既日食観望ツアーを企画しました。私にとっては18回目の日食ツアーの同行です。その旅の目的の皆既日食についてご報告いたします。(ワイルド・ナビゲーション/宮田)
今回、前評判では「ギャンブル」とまで評された冬のパタゴニアでの皆既日食観賞ですが、最終的に10名の方々のご参加をいただきました。今回のカラファテでの観測が難しかったのは、気候条件もありますが、何よりもその高度です。データ上では皆既時の高度は0.6°。太陽の「浮き上がり」効果を見越してもせいぜい+1°で1.6°。少しでも高い山があるとアウトです。したがって、今回は前日の下見を重要視しました。
日食の前日は、朝からペリトモレノ氷河を観光した後、午後からこんな荒涼とした道をひた走ります。
蛇足ですが、途中、グアナコの群れとも出会いました。グアナコは夏の間、山の上で暮らしているので、道路沿いで見かけるのは冬のパタゴニアの楽しみのひとつです。
下見に出かけた前日の夕方はあいにくの曇り空で、観測地の絞り込みには苦労しました。まず、訪ねたのは現地の人たちお勧めのカラファテ郊外の峠。
観測候補地からのこんな景色です。どうです。寒そうでしょう。ここは標高が高いため皆既時の太陽高度は充分ですが、正直、非常に寒かったです。風が吹いていたせいもありますが、緯度経度の測定などで、軽装で外に5分いただけで外気にさらされた耳や指は感覚がなくなりました。周辺にはトイレもなく、皆さん、ここでの観測は否定的。一応、候補とはしましたが、カラファテに引き返し、次に高台のホテルをチェック。
翌日の皆既の時間での下見でしたが、曇っているために肝心の太陽を捕捉できず、ここで長考。皆既時の推定高度は多分ギリギリ。そしてこのホテルの前庭が狭く、観測場所としては手狭なところも頭を悩ます原因のひとつとなりました。
ホテルに戻り、今度はカラファテに集まってきている数少ない他の日食関係者の人たちと片端から連絡をとって情報交換。その中で、高台にあるホテルに宿泊している人から耳寄りな情報が入り、翌日、早めにこのホテルを訪ねて高度を計測した上で、最終判断することになりました。
さて、日食当日。朝(といっても緯度が高いので明るくなるのは10時前)、待望の快晴。雲一つないあまりの快晴が逆に怖いぐらいです。ワイルド・ナビゲーションの日食ツアーの場合、最近の重要なキーワードは「のんびり」「ゆったり」ですので、この日は観測場所へ移動する午後までフリータイム。皆さん、思い思いに過ごされる中、こちらは情報収集を続行。
午後、早めに高台にある昨日とは別のホテルに移動。データ計測を行い、最終的にここを観測場所に決定しました。前庭も広く、皆さん、思い思いに機材を設置開始。ホテルのトイレ、喫茶室が利用でき、折しもサッカーのW杯の決勝戦もホテル内のテレビで放送中。機材のない観望派の皆さんはコーヒーを飲みながらW杯を観戦しつつ、のんびりと皆既を待っていました。
このホテルの場所は南緯50°20’37″/西経72°14’57″(私のGPS での計測)。緯度が高いので日が傾いてくると、上の写真のように長い長い影になります。そして食分が深くなるとシャドーバンドが出現。上の写真ではわかりませんが、地面ではなく白い壁の上でシャドーバンドを見ることができました。
お決まりの部分食の投影もやはり壁に映ります。このあたりも超低空日食の醍醐味のひとつといえるでしょう。
そして、いよいよクライマックスの日没皆既。予想よりも高度が低く、第2接触の時にはすでに山の端に太陽がかかっていました。正直、かなりドキドキです。空気が予想よりも乾燥していたため、「浮き上がり」効果が少なかったのが原因と思われます。
それにしても、今回は適性露出が非常に難しかったです。いつものように手持ち撮影で参加者と日食の映し込みを狙って撮りましたが、想像以上に暗くて苦労しました。しかし日没皆既のその美しさは想像を超えた未体験のドラマでした。乾燥した空気の中、大きな黒い太陽が山に沈んでいく様は、過去に見たどの日食よりも感動的。というよりも比べるものがない美しい皆既でした。完全に別物です。そのため、「写真を撮りたい!」けど「見たい!」。「見たい!」けど「構図を決めてシャッターを切らねば」というココロの中での激しい葛藤がありました。
乾燥した大地の超低空の皆既日食は本影錐の美しさも格別です。そして、本当にギリギリの高度だったため、第3接触時点ではすでに太陽は半分が山の稜線下にあり、山の下からの不思議な閃光と共に皆既は終了。夜の闇から徐々に明るい夕焼けに戻り、再び夕焼けが深まっていくという1日の終わり方となりました。
ここからは蛇足ですので読み飛ばしていただいても結構です。今回の日食ツアーについて当初は、イースター島や、タヒチの離島など、前評判の高い場所での観測を軸にツアー企画を検討しておりました。ところが現地との交渉の過程では、あまりにも法外な料金や、厳しい条件を出してくるため、気持ちよく仕事をできる状況ではないという思いが強くなり、ツアー企画の再検討をしました。1990年に同行した最初の日食ツアーから今回が18回目のツアー同行ですが、いわゆる「日食値段」は日食ツアーを企画する上で避けて通れないものでした。ところが、それが年々、エスカレートして、今回は気がめいるような条件の数々で、高額になるにも関わらず観光要素が非常に少ないツアープランになるばかり。大手旅行会社による少ない航空機材の独占や、ホテルやクルーズ、専用車の取り合い。そして、主に海外のインターネット・メディアによる排他的な観測地の獲り合いなど、時代の流れを感じると共に、行き過ぎた競争が「日食値段」の急騰を招いているような気がしてなりません。
そんな中、今回は結果的に、自分の日食ツアーの原点を再確認できた良い機会だったと思います。日食の観測が目的のツアーですが、やはり「旅」として楽しめるべきであるという視点から再検討して企画した今回のツアー。こんな機会でもなければ、冬のパタゴニアに行くことはなかなかなかったと思います。そして、そこはとても良い印象の場所でした。また、過去に、数々の日食ツアーや、南の島でのアウトドアツアーに同行してきた経験から、南の島ではクリアな空になる確率は実はそれほど高くないと考え、ちまたでは「最悪の条件」と言われた冬のパタゴニアに目を向けたことも自分の経験を整理する上で良かったと思っております。パタゴニアといっても広大な土地で、特に今回、観測地となったカラファテは、むしろ冬は乾燥した気候で、一般にイメージするような過酷な気候ではなく、充分に観測のチャンスがあるのではないかと密かに考えておりました。とはいえ、冬のパタゴニアの世の中のイメージがすぐに良くなるわけではないので、最終的に参加者10名という久しぶりにコンパクトなサイズの皆既日食ツアーとなりました。逆にこの10名の方々はよく参加を決断したと、その勇気と旅への好奇心には敬意を表さざるをえません。
そんなメンバーでの冬のパタゴニアの旅は、皆さまの協力もあり、私にとっても思いがけず楽しい旅となりました。そして日没の皆既日食は実に感動的でした。旅全体の報告は、ページをあらためて報告いたしますが、まずはここまで日食についてのご報告とさせていただきます。
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